新潟地方裁判所 昭和33年(ワ)365号 判決 1959年11月26日
原告 佐々木正紀
被告 株式会社第四銀行 外一名
主文
被告株式会社第四銀行は原告に対し金六十万円及びこれに対する昭和三十三年六月四日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。
原告の被告株式会社三井銀行に対する請求を棄却する。
訴訟費用中原告と被告株式会社第四銀行との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告株式会社三井銀行との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告株式会社三井銀行との間に生じた分は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は(1) 主文第一項同旨及び「(2) 被告株式会社三井銀行は原告に対し金五十万円及びこれに対する昭和三十三年六月四日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし、(3) 訴訟費用は被告等の負担とする」旨の判決並に右(1) (2) につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
原告は昭和三十三年六月四日、被告株式会社第四銀行に、金六十万円を期間満一年、利率年六分の約束で定期預金をなし、また同日被告株式会社三井銀行に金五十万円を期間満一年、利率年六分の約束で定期預金をなした。よつて原告に対し被告株式会社第四銀行は金六十万円及びこれに対する昭和三十三年六月四日以降完済に至るまで年六分の割合による利息、損害金を、被告株式会社三井銀行は金五十万円及びこれに対する昭和三十三年六月四日以降完済に至るまで年六分の割合による利息、損害金を支払うべき義務があるから、それぞれその支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、
被告等の主張事実に対し、定期預金の期限前の払戻の場合の利息は、普通預金と同様日歩七厘とする商慣習であること、被告株式会社第四銀行が原告に対し昭和三十四年一月三十日到達の書面をもつてその主張の如き相殺の意思表示をしたこと被告株式会社三井銀行に対する本件の定期預金につき同被告主張の如き免責の約款があつたことは認めるが、その余はこれを争う。原告は結核のため療養所に入所中であつたところ、事情あつて原告方に寄偶していた原告の妻の姉波戸美代子が昭和三十三年九月下旬頃本件二つの定期預金の証書を盗取し、新潟市役所に虚偽の印章を用いて原告の印鑑届をなした上、同年九月二十九日原告の代理人を装い右定期預金証書と虚偽の印鑑証明を持参し金員詐取の目的をもつて被告株式会社第四銀行(本店)及び被告株式会社三井銀行(新潟支店)を訪れ、被告株式会社第四銀行においては、同銀行に対する定期預金証書と虚偽の印鑑証明を提示し、原告の代理人として同銀行から金六十万円の手形貸付を受け、その担保として右定期預金証書を同銀行に交付し、被告株式会社三井銀行においては、同銀行に対する定期預金証書と虚偽の印鑑証明を呈示したが、右印章が届出の印影と異る故をもつて目的を達するに至らず、同銀行の係行員はその后調査を開始したが、原告或は原告の妻について事情を確かめるに至らぬ中、更に原告の妻の姉は原告の届出にかかる印章を盗取し、同年十月十一日これを同銀行に持参して、結局原告の代理人として定期預金契約を合意解約し、預金の払戻を受けることに成功した次第であつて、右原告の妻の姉は原告を代理する何等の権限も有しなかつたのであるから、同女の行為の結果は原告に何等の効力をも及ぼさないものである。
被告株式会社三井銀行主張の免責の約款は、あくまでも正当に弁済期が到来した後の弁済についての特約であり、このことは同銀行に対する本件定期預金が期日前に引出しができない性質のものであることにより明白である。即ち期日(昭和三十四年六月四日)の到来までは弁済の問題が起る余地はないのであり従つて弁済期前の弁済を予想し、これについて、当事者がかかる特約をなす意思を有する筈がないのである。もつとも当事者合意の上、定期預金契約を解除した場合は預金につき弁済期を到来せしめることは可能であり、この場合にも右特約の適用があるとしても本件においては、定期預金契約の解約が権限のない者よりなされ無効である以上、同銀行の弁済当時、未だ弁済期が到来していなかつたことは明白であるから、同銀行の弁済については右特約の適用がないことは同様である。
また債権の準占有者という主張は本件の場合には当らない。本件はすべて代理の問題であつて、債権の準占有の問題ではない。即ち債権の準占有者とは社会通念上債権者なりと信ずべき客観的な事由がある者が、その者のために債権を行使する場合(もとより本人自身行使すると正当な代理人を通じて行使するとを問わない)を指すものであつて、本件は原告が真正な債権者であることは争なく、原告の妻の姉が原告を代理する権限を詐称したのであり、代理の問題の範囲に属すること明らかである。
更に本件はいずれも契約期間満了前の定期預金に関する条件で、当座預金において小切手の呈示を受けた場合或いは特別当座預金において払戻の請求を受けた場合の如く窓口において即時処理せねばならぬ様な事情は全くない。本人でないことが明瞭である以上、行員を派して直接本人について確かめることも容易であり、しかる後に処理しても何等の不都合もないのである。被告株式会社第四銀行は届出の印章と異る印章であるに拘らず漫然原告の妻の姉の言を信じて処理し、被告株式会社三井銀行は調査の必要を感じながら、原告に直接確かめるに至らなかつたのみならず、原告の入院先すら確かめず解約につき委任状を徴せず家屋の明渡を理由としているのに家主をも確かめず、原告の妻は二度預金のため同銀行を訪れており、定期預金証書裏面受取欄の原告の氏名の文字からも当然疑問を持つべきであつたのに漫然原告の妻の姉の言を受け入れたのであり、過失は多々存するところである。と述べ、
立証として、甲第一号証、第二号証の一、二第三、第四号証、第五号証の一、二第六ないし第九号証を提出し、証人板橋政伸、同佐々木要子の各証言、原告本人訊問の結果を援用し、乙第一号証は裏面原告作成名義の部分の成立を否認する(但し原告名下の印影が原告の印鑑によつて顕出されたものであることは認める)その余の部分の成立は認める、乙第二号証の成立を認め、これを利益に援用する。丙第一号証はうち、新潟市長作成名義の部分の成立は認めるが、その余の成立は否認する。丙第二号証の表面は成立は認める(但し支払済、中途解約という部分の成立は不知)、その裏面のうち、佐々木という印影の成立は否認する、右印影は原告の印鑑によつて顕出されたものでもない。印鑑照合という部分の成立は不知、その余の成立は認める。丙第八号証のうち、抹消された佐々木なる印影が原告の印鑑によつて顕出されたものであることは認めるが、他の佐々木なる印影の成立は否認する、右は原告の印鑑によるものでもない。その余の成立は不知、丙第九号証の一、二の成立は否認する(但し受附印の部分の成立は認める)丙第九号証の三の部分の成立は認める。丙第三ないし第七号証の成立はすべて否認すると述べた。
被告株式会社第四銀行訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、
原告が昭和三十三年六月四日被告株式会社第四銀行に対し金六十万円を期間満一年、利率年六分の約束で定期預金をなしたことは認める。
しかしながら昭和三十三年九月二十九日同日附で、原告の印鑑を証明する旨の新潟市長の印鑑証明書と右定期預金の証書を持参して原告の妻と称する婦人が来行し、改印届をすると共に、右定期預金証書の預金の期限前の解約に因る払戻を請求した。そこで係りの者は解約払戻は利息の点で不利益であること(定期預金の期限前の払戻の場合の利息は普通預金と同様日歩七厘とする商慣習である)右定期預金を担保として、返済見込の期限まで借入する方が却つて利益であり、かつ預金担保の貸付は預金の払戻に準ずるもの故、最も簡単に貸付を受けられる旨を話し、右の印鑑証明書によつて、従来の届印の印を印鑑証明による印に改印届手続をとつた。件の婦人は貸付係の所に行き、定期預金証書を示し、これを担保として借入方を申入れかつ自分は原告の妻であること、夫は現在入院中なる旨を語るので、預金担保でもあること故、右婦人を原告の代理人として、所定の手続をとり、(右婦人によつて、右定期預金証書の外、約束手形、融資申込書、取引約定書、担保差入証、受領証が原告の使者として本人に代つて差入れられた)金六十万円を弁済期昭和三十四年一月二十九日、弁済期に弁済しないときは、被告株式会社第四銀行は右定期預金の支払期日の到来と否とにかかわらず、右定期預金と相殺し得る旨の約定のもとに、原告に貸付け、右約定に基き被告株式会社第四銀行は昭和三十四年一月三十日到達の書面をもつて原告に対し右貸金と右定期預金の元金とを、その対当額につき相殺する旨の意思表示をなしたから、原告の請求には応じられない。
右婦人が原告の代理人でなかつたとしても被告株式会社第四銀行は同婦人を原告の代理人と信じたのであり、かく信じるにつき正当の理由があり、かつ一般銀行取引特に預金を対象とする場合は印鑑証明による印鑑及び預金証書の所持人は預金者本人又はこれを代理する権限を有するものとして取扱われている慣習があるのである。(イ)一般銀行取引においては預金は特に秘匿性が重んぜられているため、預金者自体の認識は殆ど求められず専ら印鑑のみによつて預金者の確認がなされかつそれのみにて十分である。殊に定期預金は預金証書と引換によつてのみ払戻がなされ、かつ払戻に際しては「預金証書と合体した届印の印」の押捺が求められるもので、実情においては定期預金の無記名証券化ともいい得る状況である。(ロ)原告の妻という婦人が原告の印鑑証明を持参したことは前記のとおりであり、印鑑証明は市町村長が一定の基準のもとに本人の届出の印と相違ない旨を証明するものであつて、一般取引においても、本人の確認、権利得喪の真実性の確認の方法としてとられており、印鑑証明を持参する者は本人又はその主張権限(代理の場合は代理権)あるものと認められるものである。(ハ)銀行取引、特に預金取引は不特定多数人を相手とするものであり迅速を要する。従つて本人の確認、権限の確認等について銀行側に故意、過失のない限り銀行の責任が免責せられる取引慣習の存することは周知の事実である。届出印鑑によつて払戻をした場合銀行が当然免責せられるは勿論、型式こそ異なれ、「印鑑証明によつて改印」し、その「改印後の印鑑による預金の払戻」を前提にした「預金担保の貸出」「貸金と預金との相殺」をした被告株式会社第四銀行の場合についても、一般取引慣行、特に印鑑証明の信憑力を基準として考察しなければならない。偽造の印鑑証明による改印をなし、それによる預金の払戻は債権の準占有者に対する弁済と判定すべく、更に預金払戻を前提としてこれを担保とする所謂自行預金担保貸も払戻に準じて考えらるべきものと信ずる。殊に自行預金の担保貸は専ら預金者の便宜のためを思い預金の払戻に準じて預金の払戻の要件を具備する限り最も簡略に取扱われている一般銀行取引の慣習を考えれば、当然といわねばならない。と述べ、
立証として、丙第一ないし第八号証、第九号証の一ないし三を提出し、証人白井三男、同目黒剛、同佐久間昇次郎(第二回)の各証言、並に鑑定の結果を援用し、甲第二号証の一、二、第三、第六、第九号証の成立はいずれも不知その余の甲各号証の成立はすべて認める甲第七号証を利益に援用すると述べた。
被告株式会社三井銀行訴訟代理人は、主文第二項同旨及び「訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁として、
原告が昭和三十三年六月四日被告株式会社三井銀行に金五十万円を期間満一年利率年六分の約束で定期預金をなしたことは認める。
しかし、右定期預金は原告の申出により昭和三十三年十月十一日解約し払戻して、消滅した。即ち昭和三十三年九月二十九日午前十一時頃原告の妻と称する女性が被告株式会社三井銀行に来店し(原告の妻が来店したことは殆どなくその顔を覚えている行員はなかつた)係行員に対し「主人が東京の病院に入院中であるが緊急に資金がいるから払戻してほしい」と申出で、右定期預金の証書と印章を呈示したが期限未到来でありかつ右印章が届出の印章とも異つていたので支払を拒絶した。右女性は三、四十分後に右印章の印鑑証明を持参したので尋ねたところ、届出の印章は紛失していない模様であつたので改印手続並に支払を拒絶した。被告株式会社三共銀行では同日午后三時頃右の事情を確かめるため預金係長を原告方(届出の住所新潟市川岸町二の十二)に遣わしたところ、原告方に前記女性が現われ、係長と応待重ねて支払方の依頼があつたが係長は原告本人の自署捺印を得た上来行するよう申して辞去した。同年十月三日前記女性が定期預金証書に届出の印章を押捺して持参し払戻を請求したが原告本人の署名がないので、本人の署名を貰つて来るように告げたところ同月十一日更に右女性が定期預金証書に原告本人の署名を得てこれを呈示し「原告本人のところで署名捺印をして貰つたのだから解約の上払戻をして頂きたい」と申出たので、被告株式会社三井銀行ではこれを信じ期限前であつたが解約の手続をとつてやり、定期預金の期限前の払戻の場合の利息は普通預金と同様の日歩七厘とする商慣習なので、金五十万円及びこれに対する昭和三十三年六月四日以降同年十月十日まで日歩七厘の場合による利息を現金で払戻したのである。
もし原告の妻の姉波戸美代子が原告届出の印鑑を盗用した上、被告株式会社三井銀行に対し右定期預金払戻請求の手続をしたものとしても、右定期預金契約には免責の約款があり、被告株式会社三井銀行ではかねて原告が届出た印鑑によつて預金の払戻をしたときはそれが印鑑の盗用その他如何なる事故による場合であつてもその責に任じない旨原告と約していたものであり、被告株式会社三井銀行がこれによつて払戻をした以上、右免責約款上、被告株式会社三井銀行は何等の責任がないのみならず、右払戻は所謂債権の準占有者に弁済をなした場合にあたり、被告株式会社三井銀行はその弁済をなした場合にあたり、被告株式会社三井銀行はその弁済をなすにつき善意であるから右弁済は有効である。即ち波戸美代子は本件の定期預金証書及び原告届出の印鑑を持参ししかも一見原告の妻と見受けられたので、本件定期預金の準占有者であつたことは明白であり、被告株式会社三井銀行では係員が同人に解約の理由を尋ねたところ、夫である原告が病気入院中であり、かつ家屋明渡の要求を受けているため金の必要に迫られているということであり、調査の結果そのように認められたので、解約申入に応じ払戻をしたものであり、右払戻につき被告株式会社三井銀行に何等過失がなかつたことは前記の事情からみて極めて明白である。
よつて原告の本訴請求は失当である、と述べ、
立証として、乙第一、第二号証を提出し、証人佐久間昇次郎の証言(第一回)を援用し甲第二号証の一、二第三、第六、第九号証の成立はいずれも不知、その余の甲各号証の成立はすべて認める、甲第七号証を利益に援用すると述べた。
理由
一、原告が昭和三十三年六月四日被告株式会社第四銀行に対し金六十万円を期間満一年、利率年六分の約束で定期預金をなしたことは同被告の認めるところであり、また原告が同年同月同日被告株式会社三井銀行に対し金五十万円を期間満一年、利率年六分の約束で定期預金をしたことは同被告の認めるところである。
二、丙第九号証の一、二の存在、証人佐々木要子、同佐久間昇次郎(第一、二回)同白井三男、同目黒剛の各証言及び原告本人訊問の結果によれば、右被告株式会社第四銀行の定期預金は同銀行本店の、右被告株式会社三井銀行の定期預金は同銀行新潟支店の取引であつたところ、原告は昭和三十三年六月初から新潟市川岸町二丁目十二番地にある原告の妻の兄板橋釣治所有家屋に居住し同年七月三十日より健康保険新潟病院に入院していたのであるが、昭和三十三年九月二十九日一人の婦人が被告株式会社三井銀行の右定期預金の証書(乙第一号証)と佐々木という印章を持つて、同銀行新潟支店へ赴き、原告の妻といい、夫は伊藤の病院とかに入病中であり、家の明渡を求められ緊急に金の必要がある旨をのべて、係行員に対して払戻を申出たが、期限未到来でもあり該印章が届出の印章と異なつていたので、同銀行は支払を拒絶したところ、暫くして今度は右印章が原告の印鑑であることを証明する旨の新潟市長名義の印鑑証明書を持って来店したが、同銀行では同女に尋ねたところ、届出の印章は紛失したわけではなく、本人が持つているような話であつたので、改印手続並に支払を拒絶した。右婦人はまた同日被告株式会社第四銀行本店に、同銀行の前記定期預金の証書(丙第二号証)と前記佐々木という印章と該印章が原告の印鑑であることを証明する旨の新潟市長作成の印鑑証明書(丙第一号証)を持参して来店し、原告の妻といい、夫は入院中であり、三ケ月位すれば夫の勤務先から金が借りられるが、それまで住宅資金として必要がある、届出の印章は紛失したというようなことをいつて、改印の上、右定期預金の期限前の解約による払戻を求めた。そこで係行員は解約払戻は利息の点で不利であり右定期預金を担保として返済見込の期限まで借入する方が却つて利益であることを話し、右の印鑑証明書によつて、従来の届出の印を印鑑証明による印に改印届手続をとり、右婦人は貸付係の所に行き、右定期預金証書を示しこれを担保として借入方を申入れたので、同銀行は同女を原告の妻にしてその代理人であると信じて、改印した印章により、原告名義の約束手形(丙第三号証)融資申込書(丙第四号証)取引約定書(丙第五号証)担保品差入証書(丙第六号証)受領証(丙第七号証)を徴し、その裏面受取の記載個所に右改印した印章の押捺してある右定期預金証書の交付を受け、右定期預金を担保として金六十万円を、弁済期昭和三十四年一月二十九日、弁済期に弁済しないときは、同銀行は右定期預金の支払期日の到来と否とにかかわらず右定期預金と相殺し得る旨の約定のもとに貸付けた、被告株式会社三井銀行は同日更に預金係長を、期限前の払戻を必要とする事由をも含めて、右婦人の申出た事情を確かめるため原告方に遣わしたところ、右婦人が玄関に出てきて応待し、さきに来店した際と同趣旨のことを述べたが、預金係長は本人の署名捺印を得た上来行するようにいつて原告方を辞去し、その後同年十月三日右婦人がその裏面受取の記載個所に届出の印章が押捺されている右定期預金証書を持参した。
しかし同銀行はなお慎重を期し本人の意思を確かめる趣旨で、右受取の記載個所に本人の署名を求めたところ、同年同月十一日右婦人が来店して、右記載個所に更に手書による原告の住所氏名の記載の加つた右定期預金証書を呈示して解約による払戻を申出たので、同銀行では原告が右定期預金をした際、同銀行にいれた定期預金印鑑(乙第二号証)にある原告の署名とも対照の上、右婦人は原告の妻にして、間違いのないものであると判断し、解約も事情止むを得ないものとして右申出に応じ、期限前であったが、解約の手続をとり同日、元金五十万円と利息として右金五十万円に対する昭和三十三年六月四日以降同年十月十日まで日歩七厘の割合による金員を現金で払戻したのであるが、右婦人は原告の妻の姉波戸美代子であつて、同人は当時原告方に寄偶同居していたところ、擅に右二通の定期預金証書を原告方より持出し、昭和三十三年九月二十九日前記の佐々木という印章を原告の印章であるとして原告名義を冒用して新潟市長に届出でて同市長より印鑑証明書の交付を受け、該印章が原告の真正な印章であるかの如くにしてこれを使用し、また被告株式会社三井銀行の定期預金については、原告の届出印章を盗捺し、更に被告等に交付すべき書類に原告の氏名の冒書をもなし何等権限なくして、原告の全く知らない間に原告の妻と称して上記の如き各所為をなして、被告両銀行から金員の取得をはかつたものというの外なきことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。
三、被告株式会社三井銀行は、波戸美代子が原告届出の印鑑を盗用した上、同銀行に対し右定期預金払戻請求をしたとしても、同被告主張の免責の約款により、同被告に何等責任なく、また債権の準占有者に弁済をなした場合にあたり右弁済は有効であると主張する。しかして原告は債権の準占有者とは社会通念上債権者なりと信ずべき客観的な事由ある者が、その者のために債権を行使する場合(もとより本人自身行使すると正当な代理人を通じて行使するとを問わない)を指し、真正な債権者を代理する権限を詐称した場合はすべて代理の問題であつて債権の準占有の問題ではないと主張するのであるが、債権の準占有者とは自己のためにする意思をもつて債権を行使するものといい、ここにいう債権の行使は、物の占有における所持に対応する一の事実的な関係にして、これについて自己のためにする意思が存すれば債権の準占有が成立し債権の準占有についても代理占有関係が認められない理由なく、債権者の代理人として行為する者であつても、その者について、自身の、所謂代理人としての準占有がなりたち得るのであるから、債権者の代理人と称するも、取引の通念上債権を行使し得る権限を有していると認められるべき外観の存する者は、なお債権の準占有者といつて妨げなきものと解すべきところ、証人佐久間昇次郎の証言(第一回)に徴するも銀行は定期預金証書を所持し、該証書の受取欄に届出の印章が押捺されている者に対して、一般に定期預金の払戻をすること及び銀行定期預金は、期限前の払戻は原則としてこれを行わないのが建前であるが期限前と雖も、当事者合意の上解約して払戻すことは勿論可能であり、預金者の便宜を考えて、預金者より解約による期限前の払戻を求められた場合、銀行としてはその事情を考慮して、事情緊急で止むを得ないと認めるときは一般にこれを承諾し、期限前の払戻をなすことが、銀行定期預金取引の一般慣例として行われているのであって、前記の如く波戸美代子は、その裏面受取の記載個所に届出の印章が押捺されている定期預金証書を持参して被告株式会社三井銀行新潟支店に来店し、原告の妻と称してこれを呈示して、定期預金の解約による期限前の払戻を求めた以上は同女は取引の通念上真実定期預金債権を行使し得る権限を有するものと認めらるべき外観を備えた者にあたり、かかる者が、期限前の払戻を求めたものというべく、これに対し同被告は、事情止むを得ないものと認めて結局解約の手続をとり、同女に弁済受領の権限あるものと信じて同女に対し元利金の弁済をしたのであり、しかして同被告は波戸美代子が当初定期預金証書と届出の印章と異なる印章を持参したときは同被告は直ちに改印手続並に払戻に応ずることなく、事情調査の要を認めたことは明かであり、また同女が、受取の記載個所に届出の印章が押捺されている定期預金証書を持参した際においても同被告は、なお払戻をなさず更に同女に対し原告の署名を求めているのではあるけれども、同被告の預金係長は調査のため原告方に赴いて、同女が原告方にいることを確認し、証人佐久間昇次郎の証言(第一回)によれば、その際格別とりたてて疑念を生ぜしめるようなこともなく、更に乙第一号証の裏面受取の記載個所にある手書による原告の住所氏名の記載も定期預金印鑑(乙第二号証)にある原告の署名と対比すると、外見的にはよく相似しており、不特定の多数者を相手方とし迅速な処理が要求される預金取引である点をも考慮すれば、同被告が波戸美代子に弁済受領の権限あるものと信じたことにつき無過失であつたと認めるのが相当である。証人佐久間昇次郎の証言(第一、二回)によれば、被告株式会社三井銀行は、原告に直接確かめるに至らなかつたし、解約につき委任状を徴せず、また原告の現住家屋の家主に事情を確めることもしなかつたのであり、波戸美代子に原告の入院先を問うたところ、同女は言葉を濁して病院名を同被告に告げなかつたというような事情も認められるけれども、本件の場合かかる事実をもつて、同被告が注意義務を尽さざりしものということは到底できないところであり、また証人佐々木要子の証言によれば、同証人は原告の妻で、当時既に二回預金のため被告株式会社三井銀行新潟支店を訪れていることが認められるが、その際特段の事情が存すれば格別であるが、かかる事情の認むべきものもなく、同被告が波戸美代子を原告の妻と誤認したことをもつて同被告の不注意ということはできず、その他同被告の無過失を左右するに足る証拠はない。しかして定期預金が期限前に払戻がなされる場合の利息は普通預金と同様の日歩七厘とする商慣習であることは原告の認めるところであり、当事者において特にこれに従わざる趣旨も認められないから、従つて被告株式会社三井銀行が波戸美代子に対し元金五十万円と利息として右金五十万円に対する昭和三十三年六月四日以降同年十月十日まで日歩七厘の割合による金員を払戻したことは、債権の準占有者に対する弁済として民法第四百七十八条によつて有効であり、これにより同被告は原告に対する債務を免れたものと解すべく、よって原告の同被告に対する請求はすべて理由がないといわざるを得ない。
四、次に被告株式会社第四銀行の相殺の主張について考えてみるに、昭和三十三年九月二十九日同被告に対し原告の同被告に対する定期預金債権を担保として差入れ相殺の約定をした上、金六十万円を借入れたのは波戸美代子が何等の権限なきに拘らず原告の妻と称して原告名義をもつてなしたものであること前記認定の如くであり、また波戸美代子のように、定期預金証書と届出印章と異なるが該印章が預金者の印鑑である旨の印鑑証明のある印章を持参して改印手続を了した者に対して銀行が弁済をした場合においても、その者に何等権限がなくても、民法第四百七十八条により債権の準占有者に対する弁済として有効となり得るし、銀行取引の慣習も亦これを有効となり得ることを認めていると解して差支えなしとするも、これ等は弁済という限られた取引についてその安全敏速を計るものであり、いかに預金取引が不特定多数者を相手方とし迅速を要するといつても、民法第四百七十八条をたやすく弁済以外に及ぼすべきではないし、また、定期預金証書と届出印章あるいは届出印章と異なるも、印鑑証明のある印章により該定期預金について、ないしこれに関連して行為する者ある場合において、銀行が善意、無過失なる限り、いかなる行為でも行為者に該行為をなす権限を有するものとして取扱われるという取引の慣習の存在の如きは到底これを認め難いところである。所謂自行預金担保貸の場合、預金者は払戻を受けることなく、貸付を受けて資金の需要を充たし、貸付金は後に預金によつて決済され得るという関係に立ち、この意味では払戻に代る貸付ということがいえ、証人白井三男、同目黒剛の各証言、鑑定の結果によると、銀行において自行の定期預金を担保とする貸付が一般に行われており、この貸付の場合、一般の貸付と異なり、貸付金の使途、弁済方法等の調査、確認が極めて簡略になされていることが認められるけれども、この貸付金の使途、弁済方法の調査、確認が一般の貸付に比して、極めて簡略になされていることは、自行の定期預金が担保として差入れられ相殺によつて決済される関係上、異とするに足らず、自行の定期預金を担保とし、相殺の約定をしてこれによつて金員の貸付をすることと、その定期預金の払戻をすることとは明かにその態様、効果において著しくその趣を異にするのであるから、自行の定期預金を担保とし相殺の約定のもとになす貸付をもつて弁済に準ずるものとして、これにつき民法第四百七十八条の定める効果を及ぼすということはたやすくこれを容認し難いし、所謂自行定期預金担保貸にあたつて、殊に預金者の代理人といつて貸付の申出がある場合、銀行は相手方の権限の有無の点は印鑑照合により、照合の結果が一致していれば貸付をなすということが事実として、一般に行われているということ自体も疑問の余地なしとせざるのみならず、右のような取扱は、かような場合、相手方が真実権限を有することが多く、またその要件を備えるにおいては表見代理の規定による保護もあり、右のように取扱つて大過なく事務処理上の便宜であるにしても、しかしかかる場合に相手方が全く無権限であつても、弁済に準じて銀行が善意、無過失である限り、常に相手方に権限あると同一の効果を発生するという慣習が一の規範として存在するに至つているということも未だにわかにこれを認め難く、これを認めるに足る証拠もないところであるから、波戸美代子が原告の妻と称して、原告名義をもつて原告の被告株式会社第四銀行に対する前記定期預金を担保とし相殺の約定のもとに同被告より金六十万円を借受けた行為は、いかに同被告が波戸美代子の無権限につき善意であつてもすべて原告に対しては全く何等の効力をも生ずるに由なきものというの外なく、従つて同被告が昭和三十四年一月三十日到達の書面をもつて原告に対し同被告主張の如き相殺の意思表示をしたことは原告の認めるところであるが、該相殺の意思表示も何等効力なきものといわざるを得ない。しからば同被告は原告に対し金六十万円及びこれに対する昭和三十三年六月四日以降完済に至るまで年六分の割合による利息、損害金を支払うべき義務があり(丙第二号証には定期預金規定として「満期後の利息は当庁で別に定めた方法と割合を以て計算致します」と記載されているが、右は期限後払戻請求がなされるまでの間についての特約であつて、本件においては、被告株式会社第四銀行は期限前に既に原告に対し支払義務なしと主張し、期限到来するも全く支払の意思がなかつたのであり、原告において期限に払戻を求めるも、払戻が到底期待できないことは本訴の経過に徴するも明かであるから、同被告は期限の到来により当然に遅滞に付されると共に、その損害金も右の特約によるべきものではない)その支払を求める原告の同被告に対する請求はすべて正当としてこれを認容すべきである。
五、よつて原告の本訴請求は右の限度においてこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、仮執行の宣言はこれを相当でないと認め、これを付せず主文のとおり判決する。
(裁判官 園田治)